※昨日投稿した「正解」について、具体的な一例を、自分がパワハラを受けて苦しんだ際に他の臨床心理士に言われた言葉として示したい。(私が被害者となった、当事者研究として読んでもらえればありがたい。)
・私自身がパワハラを受け、精神的に大きなダメージを受け苦しんだ時期がある。(ちなみに今はお陰様で回復しすこぶる元気です。)
・そんなときに、何人もの臨床心理士の先輩、後輩、先生、同級生にその辛さを話させてもらい、親身に話を聴いていただいた。多くの人に支えられる体験をした。基本的には臨床心理士の方々は素晴らしかった。
・しかしながら個人的に全く嬉しくなかった言葉がある。「これも修行だから」という言葉。好き好んでパワハラを受ける立場に立ったわけではない。私にはこの経験から多くのことを学べたし、得難い経験ではあったが、しかしそれは結果である。なんとか回復できたからよかったが、経験したくなかったという面がある、というのが正直な気持ちである。修業という言葉には自ら進んで行うイメージがあり、私の気持ちには全く合わなかった。残念ながら私にとっては不正解と感じた言葉であった。
・一方、言われて一気に気持ちがパーッと明るく、スーッと軽くなった言葉がある。「(あなたの)気が晴れないかん」という言葉である。(気が晴れないといけない、という意味)「うん、私が今欲しいのはこの言葉だ!」と感じた。上司から嫌な言葉を受けてモヤモヤ、鬱々とする感情をどうにかしたい…と思っていた時に、「この人はわかってくれた!」、そして「気が晴れることをすればいいんだ!」と、2重に救われたのである。これは私にとって間違いなく「正解」、いや「大正解」の言葉であった。
・被害者になったからこそ、そこで感じたことを大切に、支援者として相談者に「正解」を言えるように精進したい。
・傷ついた人を支え、少しでも良い方向へいくサポートをするのは、自分の考えや気持ちを出さないこと(変な中立)ではなく、「不正解」の言葉でもなく、「正解」の言葉であると思う。目の前に困っている人がいたら、「正解」の言葉をその場その場で必死に探したい。そしてかろうじてかもしれないが、なんとか伝えたい。
・まだまだ未熟な面があり、自分も間違えないという自信は全くないが、大事にする方向性として、柱として、そうありたいと願う今日この頃でした。